ZIPANG-2 TOKIO 2020 ~郷土報恩の志~ (その2)「函館は異文化交流が重層した街 ・ 港がもたらした広い視野と融合の美学」

このたびの平成30年 7月豪雨により、亡くなられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞い申し上げます。  


旧相馬邸内に残る匠の芸術品達に眼が釘付け!…まだまだありますよ…あとはご自身で訪ねた折のお楽しみ〜


郷土報恩の志~ その1「旧相馬邸 …」草稿を見ますと…


数回なんですが…私が函館市を訪れた際の印象は人気の札幌市と比べて、異文化の詰まった街。それに景観の特徴は坂道多く、重なり合った疑似洋風建築群の大博覧会という面白さで、つい喘ぎながらも歩いてしまう楽しい街!
この港がもたらした、功績は重層した長年の異文化交流の足跡が見られることですよね。

相馬哲平氏はそんな所にいち早く目を付けて、本来、国がやるべき規模の大プロジェクトを、個人の力で成し遂げたのですから、日本が抱える潜在的且つ多様な人材と底知れぬ能力の素晴らしさにワクワクしますね〜 


やはり、視野を拡げ柔軟な姿勢がなければそうした発想は出るものでなく、また、多くの外国人からもたらされた知識や技術、とりわけ、相馬氏の場合は美的感性の学びだったような気がします。
(紅山子談)

函館山から眺める函館の街。百万?一千万ドルの夜景の美しさは、実際に現地で眺めるのが一番!
函館山ロープウェイからの眺めもお見逃しなく!

針葉樹と広葉樹の混在した庭は、季節毎に多様な色彩の変化が訪れる。 


北の海の玄関口の一つである函館は、幕末期から開港場として発展しました。函館山の麓には、異国情緒が漂う町並が広がり、その中心部分が保存地区となっています。重要文化財の旧函館区公会堂(明治43年)や函館ハリストス正教会復活聖堂(大正5年)が高台に聳え、港沿いには煉瓦造の倉庫群がひろがり、その間に和洋折衷の独特な形態を持った住宅が点在して残っています。


旧相馬邸邸内案内図


旧相馬邸建築探訪

むくり屋根の載る玄関車寄せ

欄間にはおさ欄間を入れ、かすみ模様をあしらっています。玄関式台はひのき、その先に建て込む障子の桟は断面をくさび形とした凝った造りなっています。


主座敷

床柱はひのき、床かまちは黒檀、落掛は杉を用いています。床脇の造作は千鳥棚とし、違い棚と蹴込み板には紫檀、地板にはけやきを用い、天袋は絹本金泥塗りとなっています。
左手脇には付書院を設けています。書院造の座敷では「床挿し」を嫌うため、畳のへりが床の間を挿すようには敷かず、通常の1.5倍の長さの畳を床と床脇の前に敷いています。
縁側との境に建て込む障子の腰板には内には桐、外には屋久杉を用いています。
この主座敷と右隣の続き間は、最も格式が高いため、南と西を巡る縁側は縁板が長手方向と直角になるように張る切目縁となっています。切目縁は雨ざらしの濡れ縁とすることが多いですが、雨戸ではなくガラス戸を建て込んでおり、北国ならではの工夫が見られます。

※古い記憶ですが、近江商人の郷の一つ滋賀県彦根市周辺では、確か、床柱に檜の四方無地の柾目を使用する地域がある、勿論、その上に朱のベンガラ塗りであるが・・・。土地柄ベンガラは塗られていないが、この贅沢な「檜の四方無地」のこだわりにおいて、何か関連がありそうな気がしますね。


付書院

大広間から縁側には、座敷飾りの「付書院」 が張り出しています。上部の「欄間」には鳳凰 の透かし彫りが見られます。障子の桟の繊細 な図柄も見ものです。


洋室外観

洋室は相馬哲平の多額の寄附により竣工する旧函館区公会堂(重要文化財)に退けを取らないデザインを見ることができます。定規柱と窓額縁、さらには軒下の持ち送りに至るまで濃密な彫刻が施されています。さらに軒天井は神戸や長崎の異人館でもよく見られる菱組の簀の子天井となっています。


洋室内部

ひときわ目を惹く天井の中心飾りは、旧函館区公会堂のそれに類似しています。天井と壁の境目に施されたコーニス(蛇腹)も豪奢な雰囲気に華を添えています。
窓は、内側が引き込み、外を上げ卸し窓とする二重窓としており、防寒意識の高さをうかがい知ることができます。上げ卸し窓は上下別々に動く工夫がなされていいます。窓桟は銀杏面仕上げとなっています。


洋室の暖炉と床

全体にヴィクトリアン・スタイルにまとめられた暖炉には、この様式に特有の意匠を見ることができます。火床の両脇に張られるのが草花文湿式多色象嵌タイルで、火床前には神戸のハンター邸(明治40年、重要文化財)にも見られるモザイクタイルを敷いています。床はミズナラの寄木造りです。


引き分けの板扉

板扉は框(枠)のタモと、彫刻された欅を寄木の技法で組み上げたもの。引き手には透明緑色のクリスタルを用いています。


風呂の天井

総檜造りの風呂には、玄関車寄せの欄間と同じ霞模様の空気抜きをあしらっています。窓桟の断面は内うちまる丸面となっています。


便所

床板と腰板が総て春慶塗の欅の一枚板で造られています。障子の桟の意匠は松皮菱。小便室も同様の腰壁を張っていますが、床は格子模様のタイル張りです。

主座敷の組み入れおさ欄間(1階)

組み入れ格子は黒漆塗り、おさ欄間の竪繁格子の見付け幅は1mm。
※写真でしか判断できませんが、廻り縁は木目からすると、栃あるいは、道材のカバかも?


神棚と差鴨居(1階居間)

神棚の下にある水平材が差鴨居で、成(縦寸法)が高く構造材(梁)となっています。炉を切った部屋の四周に巡らされています。
※暗くて見えませんが梁の木目は欅のようにも見えます。滋賀県でも梁に欅をよく使います。特に長浜、彦根、近江八幡周辺の町や村において。かって大黒柱は、一尺~一尺五寸くらいのものが使われていました。  


くれ縁(1階)

縁甲板は松で、丁寧に面取りをしています。隅部が互い違いになる石畳という仕上げです。


下地欄間(2階)

数寄屋建築に主に用いられ、竹の格子に藤蔓を絡ませています。


角柄欄間(1階)

角柄とは額縁の形。障子の桟は破れ井桁。


透し欄間(1階)

左から竹、菊、蘭、梅が彫り込んでます。


明かり取り窓(1階便所)

障子の桟は松皮菱を吹き寄せとしています。


長押と釘隠し(1階)

長押は小口が見えないよう処理がなされ、正面と側面に折り鶴の釘隠しを配しています。


歴史的美術館「歴史回廊」

歴史的美術館「歴史回廊」は、先住民族アイヌのいとなみがあることを今一度確かめ、北海道・函館の歴史と文化を次世代に伝えるためのもの。


江差屏風

小玉貞良「江差屏風」/182cm×382cm 紙本彩色 屏風(六曲一隻) 18世紀中頃(江戸時代宝暦年間)

初期松前藩政を支えたのは近江商人でした。彼らは松前地の生活物資や、エゾ(アイヌ)交易商品と産物の安定移出入や鰊漁資金の提供を通して産業の発展に寄与し、松前藩への拠出金も大きいものがあったといいます。

〈江差屏風〉には、江戸時代中期およそ宝暦年間(1751~1763)のころ、鰊漁を背景に勃興著しい江差のまちとその周辺の賑わいが描かれています。

通りには商家や蔵が建ち並び、背後の高台には奉行所や寺社が配されています。通りを武士や町人、物売りが行き交い、前浜では漁師が鰊漁に忙しく、浜辺についた船からは次々に荷揚げが行われています。アイヌ文様を施したアットゥシ(樹皮衣)やレタラペ(白いもの-草皮衣)を着用する漁夫たちの姿は江差の繁栄や鰊製品の背後にある、北の世界・蝦夷地を髣髴させています。

江差屏風は、近江商人が蝦夷地の様子やその活動を伝えるために、城下松前の様子を描く松前屏風と一対で製作したとされていますが、この江差屏風と対になる松前屏風は伝えられていません。

末尾に松前産竜円斉貞良筆 印 とあり、小玉貞良の作とされています。


ゑ寿絵(えぞ絵) 一巻

小玉貞良がアイヌの世界を描いた〈アイヌ絵・アイヌ絵巻〉は、衣服や武器・武具、漆器などのアイヌの宝物を巻頭に飾り、堅雪を踏みしめて早春の山中に分け入り、巣穴で冬眠中の羆を狩る様子を始まりに、生まれたばかりの子熊を連れ帰って大切に育て、その魂を神の国へ送り帰す盛大なクマ送り儀礼を柱にして、昆布取りやオットセイ猟などのアイヌの生業、その産物を携えての松前城下・城内や会所での献上・交易といった四季折々の場面を描いたもので、函館市指定の 「蝦夷国風図絵-えぞくにぶりずえ-」と呼ばれる絵巻物をはじめ、多くの写本が知られています。これらの絵には幾分の誇張が加えられている こともあり、まだ見ぬ北の世界や産物を人々に伝えいざなう大きな力となりました。

展示の〈ゑ寿絵(えぞ絵)〉一巻はその一本で、末尾に「龍円斎」「小玉氏印」が捺されています。軸装に大陸渡りの「蝦夷錦」が用いられているのもごく珍しい例です。 小玉貞良は松前生まれの絵師。本格的にアイヌ絵を描いた最初の絵師で、松前藩お抱えともいわれています。


他にも貴重な美術品の数々が展示・収蔵されています。


カフェ元町

函館湾を望みながら旧イギリス領事館を眼下に見下ろす、5代目相馬哲平ご夫妻の住んでいたエリアに贅沢なカフェをオープンしており弁当などの予約もできます。いつでもご自由に香り高いコーヒーをお飲みながら、シャガールをはじめ、マイセン、リアドロなどの美しく歴史ある品々が鑑賞できます  椅子座(洋室)、座卓(和室)があります。
ご予約は電話かFAXで。 ※電話/0138-26-1560  FAX/0138-26-1646


最後になりましたが

旧相馬邸の保存活動をサポートする「旧相馬邸保存会」

ごあいさつ

平成24年3月2日、今後の「旧相馬邸」の保存活動をサポートする「旧相馬邸保存会」が設立されました。 

思い起こすと、平成20年12月、無人化で荒廃が進み、取壊しの運命にあった函館の大功労者である初代相馬哲平宅(明治41年築)を現オーナーの東出伸司氏が「函館の宝として保存したい」と入手され、独自の年次計画で修復を開始しました。この快挙に多くの函館市民が喝采を惜しみませんでした。

この時期、東出氏への更なるエール(声援)をおくり、「旧相馬邸」の保守・行事・展示物へと幅広いサポートする応援団として「旧相馬邸保存会」が結成されました。

会としてスタートラインについたばかりですが、当面の課題として、会員の増強に取り組みます。「旧相馬邸」の保存活動を通じて、函館の歴史と文化━先人の築き上げてきた、真の”函館らしさ””函館のすばらしさ”を掘り起こし、大切に保存していく”函館人の気概(気質)”を次世代に伝えたいからです。

何卒一人でも多くの皆様のお力添えを頂き度く、ご入会の程心よりお願い申し上げます。


旧相馬邸保存会 会長 落合治彦


まだまだ、「旧相馬邸」についてご紹介したいところは、紹介しきれないほど沢山ありますが、「百聞は一見に如かず」どうぞ一度出かけてみて御覧になって下さい。


明日は、函館特別編「函館西洋建築 大博覧会」です。何処かで聞いたことのあるタイトルだけど?
函館には、相馬氏が活躍していた当時の西洋建築は、沢山残っているのに…他の街に比べ何故か?掲載できる写真に限界があり(つい泣きが入りました)・・・それでも、期待外れにならないよう頑張ります!


嗚呼!やはりお約束の時間オーバーです。反省!次号は時間のお約束なしで、8月17日の朝日の昇る頃までには投稿いたしますので、ぜひ御覧を!


鎹八咫烏 記
伊勢「斎宮」の明和町観光大使


協力(順不同・敬称略)

旧相馬邸 函館市元町33-2 電話番号 0138-26-1560

函館山ロープウェイ㈱ 〒040-0054 北海道函館市元町19-7 TEL 0138-27-4150 

文化庁 〒100-8959東京都千代田区霞が関3丁目2番2号電話番号(代表)03(5253)4111

紅山子(東北芸術工科大学 名誉教授 日原もとこ)


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。 





ZIPANG-2 TOKIO 2020

2020年東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この機会に、世界の人々にあまり知られていない日本の精神文化と国土の美しさについて再発見へのお手伝いができればと思います。 風土、四季折々の自然、衣食住文化の美、神社仏閣、祭礼、伝統芸能、風習、匠の技の美、世界遺産、日本遺産、国宝等サイトを通じて平和な国、不思議な国、ZIPANG 日本への関心がより深かまるならば、私が密かに望むところです。

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