ZIPANG-2 TOKIO 2020 ~ 石州瓦物語(その10)~「~赤瓦の映える景観~ 地域の潜在的資源を活かした創造・再生・継承のまちづくり【寄稿文 山本雅夫】」

先の北海道における地震災害、関西地方ならびに中国四国・九州地方における大雨・地震災害で亡くなられた皆様のご冥福をお祈りするとともに、被災された全ての方々に心よりお見舞い申し上げます。


現代、日本海側は『裏日本』とか『鄙(ひな)の国』などと言われていますが、遠い昔、弥生時代(紀元前4~500年から紀元後300年くらい)は日本海側が『表日本』であり、日本海を通じて様々な交流が行われていました。
 

三江線から眺める中国地方随一の大河「江の川」(江津本町~川戸)

伝統の継承。江津市川平町南川上地区~川平町花田植え~

「貴重な農村文化を後世につなげたい」との思いで平成4年からつづく花田植えです。 平成2年に結成した川平田植え囃子保存会による笛や歌にあわせ、高校生やJA職員が色鮮やかな早乙女姿で、田植えをおこないます。今年も5月に行われる伝統行事です。早乙女行列後方に農家の石州赤瓦家並が遠望できます。

江津本町甍街道に置かれた「はんどう」と呼ばれる水瓶


島根県のほぼ中央部に位置する人口約2万6000人のまち江津市は、市の中央を中国地方随一の大河である「江の川」が南北に悠々と流れ、この河口を中心として市街地が広がります。

南北朝時代より山陰と山陽を結ぶ江の川舟運の要衝として栄え、大正9年の国鉄開通後 は製糸・化学工場の立地が進み、戦後はパルプ工場の立地などにより「工都」として発展しました。

また、都野津層と呼ばれる良質な粘土や高温焼成に適した松材が豊富であったことなどを背景に、近世後期より「はんどう」と呼ばれる水瓶の製造が盛んとなりました。この技術を活かして製造、流通したのが石州瓦であり、これらの生産が本市および周辺地域の重要な地場産業となっています。

伝統の登り窯で石見焼の心を焼き続ける「石州嶋田窯」


日本三大瓦産地

石州瓦 粘土瓦が日本に伝来したのは約1400年前、仏教の伝来と時を同じくして百済より伝えられたと云われます。この時代の瓦は限定された利用、日本の気候風土に適さない等の理由により広く普及する事はありませんでしたが、桃山時代頃から技術的な工夫により品質改善がなされ、城郭建築におけるデザインと防火の観点から必要不可欠なものとなりました。

本格的に石州瓦が製造されたのは、浜田城築城の際に大阪より瓦師を招き、現在の浜田市に瓦工場を設けたことによるものとされています。現在、本市を主生産地とする「石州瓦」は「赤瓦」を代名詞としており、「三州瓦」「淡路瓦」と共に日本三大瓦産地の一つとなっています。他の瓦より高温で焼成される石州瓦は、凍てに強く割れにくく、江戸時代後期から明治にかけ北前船により日本海沿岸各地に運ばれました。明治・大正期には販路が飛躍的に拡大され、中国地方の山間各地など様々な地域において赤瓦の街並み景観を形成しました。

今なお石州赤瓦の伝統的な街なみ景観がまとまりとして多数存在していることが、本市の景観上の大きな特徴となっています。以下では、この街なみ景観を活かし、継承していくための江津市の取り組みについて紹介いたします。

波子(海浜公園入口から)海岸に沿って石州赤瓦の家並みが続く。

波子の石州赤瓦の町並み


HOPE計画と公共施設への利用

昭和 58 年度に全国 13 モデル地区の一つとして策定したHOPE計画において、伝統的な赤瓦の利用による景観づくりに関する施策を定めました。これ以降、公共施設には石州赤瓦を利用するなどの取組みを実施してきました。

また、平成 15 年の江津市住宅マスタープラン策定以降に整備を進めた面的整備事業では、江津らしい都市景観を創出するため、赤瓦の利用を主体とした統一的な景観形成を図るよう計画し、各種の公共施設の整備を推進しました。


『点』から『面』へ 補助制度による景観誘導本市の象徴的な赤瓦景観は、昭和 50 年代から平成初期にかけて、住宅ニーズの多様化やハウスメーカーの台頭などから様々な屋根材が使用されるようになり、大きく変化してきました。市街地を中心に赤瓦景観に大きな変化が見られるようになり、現在においても大きな課題の一つと捉えています。

これらの課題に対応すべく平成 16 年に赤瓦景観の保全と創出、さらに地域の建築関連産業の振興を目的に「石州赤瓦利用促進事業」を創設し、石州赤瓦を使用する住宅の新築・ 増築等の工事に最大 30 万円までの補助を行っています。

事業開始当時は赤瓦に限定した制度であることなどに疑問や批判の声もありましたが、 昨年度末までに合計523件の申請があり、市民や業界からは好評を得ています。補助制度は新築ばかりでなく、屋根替え工事にも多く利用されており、昭和 50 年代に新築された黒瓦の住宅などが赤瓦に更新されるケースも多く見られ、新市街地における赤瓦景観の創 出、伝統的街なみや既存市街地、そして農山漁村集落における赤瓦景観の再生、継承に大 きく寄与しています。

さらに現在、石州赤瓦が広く分布する県内石見地方4市(浜田市、大田市、益田市、江津市)にも同様の制度が広がり、石州赤瓦のまち「石見」のイメージづくりに向けた先導的な役割りも果たしています。

浜田市旭町「赤瓦の映える棚田風景」。空の青はこの時期の日本海の色でもある。

大田市「石橋の向こうには赤瓦の町並みが広がっています。」

益田市 島根県芸術文化センター 「 グラントワ 中庭広場」
「グラントワ」は島根県芸術文化センターの愛称で「大きな屋根」の意味。その屋根や壁は28万枚の石州瓦で覆われ、中庭では水盤の周りに12万枚のタイル状の敷き瓦を貼っています。

江津市「旧江津本町 赤瓦の町並み」少し先には旧江津郵便局が建つ(登録有形文化財)


赤瓦景観に対する住民意識

江津市における景観の全体的な印象や評価及び赤瓦景観の歴史的な認識度や評価、今後の赤瓦使用の意向など、これからの景観行政や赤瓦の街なみづくりに対する方針の設定な どに利用するため、平成 21 年度に市民アンケートを実施しました。このアンケートと昭和 58 年のHOPE計画策定時のアンケート調査、および平成 15 年度江津市住宅マスタープ ラン策定時に行った類似調査を比較することで、赤瓦景観に対して市民の意識が経年的にどのように変化しているか、全体的な傾向が把握できます。


【住民意識調査の回答内容のうつりかわり】


昭和 58 年度調査では 5割を超える多くの市民が「街なみとして赤瓦がよい」と赤瓦景観を高く評価していました。その後、住宅の新築が多く続く中で多様な屋根材の使用が進み、 民間に対する行政の施策が進まない中、平成 15 年度調査では「赤瓦の街なみを残すべき」 は 3 割程度に減少、一方で 4 割以上の方が「赤瓦の使用にはこだわらない」と回答するなど、赤瓦に対する評価は大きく低下しました。

平成 21 年度に実施した調査では、赤瓦景観の存続については約 6 割の方が「残す方策が必要」と回答を得ました。このことから、平成 16 年に創設した石州赤瓦利用促進補助制度 など、市が取り組んできた石州赤瓦への補助制度や啓発活動が一定の効果を挙げていると考えています。行政の取組みにより、良好な赤瓦景観の創出や保全について、市民の理解が得られる状況になりつつあると考えています。


今後の景観形成

景観の保全と形成については、「江津市第 5 次総合振興計画」(平成 19 年)や「江津市都市計画マスタープラン」(平成 16 年)において、日本海や江の川といった自然的景観や歴史的街なみ景観の保全と活用、地域の特性を活かした市街地の景観整備などを基本方針として掲げています。特に、石州瓦による統一感のある街なみは、本市を代表する景観であることや地場産業の振興という観点から、保全を図るとともに新たな赤瓦景観の創出を目指した取り組みを継続することと位置づけております。

江津市「赤瓦景観保全地区 黒松」

江津「有福温泉地区の景観まちづくり」
有福温泉地区の基本方針【歴史と文化(温泉街)の景観まちづくり】
有福温泉は 1360 年の歴史を持ち、泉源のある薬師堂下の御前湯に向かって旅館街の坂道と石段を登る情緒のある温泉街を形成しています。平成 22 年に温泉街の中央で旅館3棟、民家1棟を火災により失いました。有福温泉を重点地区として景観形成を図ります。 


平成 15 年に策定した住宅マスタープランでは、石州赤瓦の利用促進と赤瓦を使った「江津型住宅」の検討も重点政策として位置づけており、地域の歴史と文化をあらわす赤瓦景観を市民が誇りとして感じ、全国に誇れる景観としていくため、個人の財産である住宅においても外部に面する部分については景観という観点から公共性を求める必要があると考えております。

これらを踏まえ、今後取り組むべき課題を大きく3つ挙げると次のとおりです。

 (1)「赤瓦住宅指針」の提唱

赤瓦の映えるまちづくりを行うためには、赤瓦と調和する建物全体の意匠なども重要な要素です。そのため市街地景観の大部分を占める民間住宅などの建築物の外観などについても赤瓦の利用を前提とし、これと調和するよう全体的なコントロールを行う必要があると考えており、これらの指針づくりが必要です。

大手ハウスメーカーのモデルハウス一例


(2)「景観」に対する意識向上

赤瓦景観が生まれた背景や歴史について、市民が正しく理解し、地域に誇りや愛着を持つことが必要です。特に行為制限などを伴う施策の実施には、市民の合意形成が不可欠であることから、市ではこれまでも赤瓦の街なみがまとまっている集落や、赤瓦を使用した重要な建築物などの調査を行うとともに、赤瓦の成り立ちや流通発展過程などの歴史性の検証を建築士会などと共に行っており、平成 21 年に「赤瓦の街並みを歩く」という赤瓦景観普及啓発誌を作成し市民に配布するなどしています。

また、「ふるさと教育」という観点から、次代を担う児童生徒に、景観学習や住教育に関する出前講座、絵画コンクールなどを行い、赤瓦景観の素晴らしさを継続的にアピールする活動にも取り組むことが必要です。

江津市「街歩きイベント」と「街に出て写生大会」


自由に落書き?(失礼)をする子供たち。大人になってもきっと忘れられない思い出となることでしょう。(故・池田満寿夫画伯と子供たち)


(3)景観計画の策定

景観という言葉は馴染みがあるようでも理解しにくい言葉であり、人により良し悪しや 価値感も異なります。赤瓦景観の保全と創出に関わる取り組みを契機としとしながら、本市の様々な景観を潜在的資源と捉え、重要なものを保全し活用するなど、景観をまちづくりに活用するため、住民参加による景観計画および景観条例の策定検討作業を進めていま す。

新たな課題 文明と文化の衝突

東日本大震災以降、自然エネルギーの需要と期待は益々高まっておりますが、急速な太陽光発電パネルの普及は想定外でした。太陽光パネルの屋根面への設置については多くの 都市で助成措置が設けられるなどしており、ほぼ国家レベルで普及促進への対策が講じられています。

しかしながら、太陽光発電パネルの瓦屋根面への設置は、赤瓦を覆い隠し地域の特色ある景観と瓦屋根文化が失われることが危惧されます。これは文明と文化の衝突であり、共 存方法の検討が大きな課題です。太陽光発電パネルの瓦屋根面以外への設置、あるいは景観と調和した色や形態などに関する規制のあり方や、設置基準等の設定を早急に行う必要があります。

赤瓦を地域の誇りに

当市には、石州赤瓦の主要生産地であるという歴史的背景をそのまま伝える赤瓦屋根の集落が多数存在しています。また、その特徴を活かし今後の新市街地ではその伝統的な景観価値が損なわれないよう、政策的に赤瓦を基調とした市街地整備を進めることとしてい ます。

個性の多様化やグローバル化が進む中でも、景観形成に着目した各種の施策が実施されることで、地域特有の景観形成が地域経済を支えるという、地域完結型の新たな経済循環モデルが構築可能な地域と考えており、長期優良住宅に石州赤瓦を推奨するなど、「景観」 をキーワードとして地域の建築産業や窯業を主体とする地場産業の振興も図ることが可能です。

太陽光発電パネルへの対応が大きな課題ですが、江津市そのものの「存在意義の構築」、 「誇りを感じるまち」を目指し、市民共有の財産である赤瓦景観を全国に誇れる景観として維持・継承・創造していくため、今後も市民・事業者・行政が一丸となって取り組んでいく必要があると考えております。



【寄稿文 山本雅夫】

島根県江津市建設部都市計画課
課長 (建築主事) 


参考

江津市の文化財ご紹介

旧江津郵便局(赤瓦の町並みに建つ)


甍街道に南面して建つ、建築面積38㎡の木造2階建。寄棟造妻入桟瓦葺。正面1階をポーチとし、2階にバルコニーを設ける。外壁は白漆喰仕上げで、隅には鼠漆喰でコーナーストーンを模し、柱や窓枠を青色に塗装する。川港町の伝統的な家並みに彩りを添える。

 明治/1868-1911/2008改修
木造2階建、瓦葺、建築面積38㎡
1棟
島根県江津市江津町337
登録年月日:20090108 登録有形文化財(建造物) 


花田医院診療所及び主屋


本町通り西側に占める敷地に建つ。T字型に落棟を付ける寄棟造の木造2階建を中心に、その正面に入母屋造の玄関、その南側直角に半切妻造で洋風意匠になる診療所、背面に半切妻造の台所などを付設する。複雑な構成になる建物で、カーキ色の石州瓦が印象的。

昭和前/1937
木造2階建、瓦葺、建築面積233㎡
1棟
島根県江津市江津町147他
登録年月日:20090108 登録有形文化財(建造物)


旧江津町役場本庁舎


神社参道沿いに建ち、建築面積205㎡、鉄筋コンクリート造及び木造2階建、寄棟造金属板葺である。正面は中央と左右に二層分の柱型を配して頂部を段状のパラペットとし、その間に縦長窓や幾何学的な図柄を配しており、左右相称で上昇感のある立面構成をもつ。

大正/1926/1966・1977・2007改修
鉄筋コンクリート造及び木造2階建、金属板葺、建築面積205㎡
1棟
島根県江津市江津町121-1
登録年月日:20100115 登録有形文化財(建造物)


協力(順不同・敬称略)

石州瓦工業組合 〒695-0016 島根県江津市嘉久志町イ405 TEL 0855-52-5605

一般社団法人 大田市観光協会(大田市役所仁摩支所内)
〒699-2301 島根県大田市仁摩町仁万 562-3 電話: 0854-88-9950

石見観光振興協議会事務局
〒697-0041島根県浜田市片庭町254島根県西部県民センター内TEL.0855-29-5647

公益社団法人島根県観光連盟
島根県松江市殿町1番地(県庁観光振興課内) TEL:0852-21-3969

江津市役所 〒695-8501 島根県江津市江津町1525電話: 0855-52-2501

文化庁 〒100-8959東京都千代田区霞が関3丁目2番2号電話番号(代表)03(5253)4111


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。


編集後記~御礼~

2018年~2019年に跨いで連載してまいりました「石州瓦物語」ひとまず、本号にて最終話といたします。石州瓦ご関係者の皆様には大変お世話になりました。衷心より感謝申し上げます。
今後は、特別編として新情報などその都度ご紹介いたしますので読者の皆様には、引き続きご高覧ください。

実は、石州瓦につきましては、調べれば調べるほど奥が深く、まだまだご紹介しきれていない事柄や島根県内外の石州赤瓦施工地域等がございますので、近々に総集編としてご紹介できればと思っております。

特に、この石見地方の背景にはマルコ・ポーロによるZIPANGの命名が世界中を駆け巡り、欧州諸国から日本名=JAPANに繋がってしまったエピソードもこのシリーズの中でご紹介しております。 それが今や世界遺産に指定された石見銀山の銀鉱における産出量が当時は世界一だったとする由来など、当時はどれ程、諸外国から熱い視線が送られていたことか?そのような貴重な宝を秘めた土地柄は石州瓦と無関係である筈は無く、翻って我々日本国民もこんなワクワクする歴史を改めて学び直す必要が大いにあると感じるものです。 今後は新情報など入手すると、特別編としてその都度ご紹介いたしますので読者の皆様には、引き続きご高覧ください。 今後ともよろしくお願いいたします。 


ZIPANG TOKIO 2020 編集局
編集長 鎹八咫烏



ZIPANG-2 TOKIO 2020

2020年東京でオリンピック・パラリンピックが開催されます。この機会に、世界の人々にあまり知られていない日本の精神文化と国土の美しさについて再発見へのお手伝いができればと思います。 風土、四季折々の自然、衣食住文化の美、神社仏閣、祭礼、伝統芸能、風習、匠の技の美、世界遺産、日本遺産、国宝等サイトを通じて平和な国、不思議な国、ZIPANG 日本への関心がより深かまるならば、私が密かに望むところです。

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